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東京地方裁判所 昭和62年(刑わ)1446号 判決 1988年3月22日

《本籍・住居》<省略>

無職(元在日米軍横田航空基地従業員) S

<ほか三名>

右S、Tに対する各窃盗、U、Vに対する各賍物故買被告事件につき、当裁判所は、検察官湯浅勝喜出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人Sを懲役二年に、被告人Tを懲役二年六月に、被告人Uを懲役二年六月及び罰金一〇〇万円に、被告人Vを懲役一年六月及び罰金二〇万円に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各三〇日を、それぞれその懲役刑に算入する。

被告人U、同Vにおいて、その罰金を完納することができないときは、いずれも金四、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。この裁判確定の日から、被告人Sに対し四年間、被告人Vに対し三年間、それぞれその懲役刑の執行を猶予する。押収してあるテクニカル・オーダー六冊を被害者在日米空軍第三一六戦術空輸大隊司令官大佐Aに還付する。

訴訟費用中、通訳人逸見益宏に支給した分はその四分の一ずつを各被告人の負担とし、証人Mに支給した分は被告人Tの負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人Sは、東京都福生市大字福生二三七〇番地所在の在日米軍横田航空基地第六四一号館内第三一六戦術空輸大隊技術図書室に事務員として勤務し、米空軍が使用する航空機や機上搭載器材等の整備、点検、補修、操作等に関するテクニカル・オーダー(技術指示書)の整備、貸出等の事務に携わっていた者であり、被告人Tは、軍事評論家としてこれが著述等を業としてきた者であるが、被告人Tは、自己の研究等に米空軍のテクニカル・オーダーが極めて有益であることから、昭和三九年頃、かねてから面識のあった被告人Sに、その事情を説明して廃棄予定のテクニカル・オーダーを同基地内から持ち出して欲しい旨持ち掛け、同被告人がこれを了承するや、同被告人と相謀り、以後同被告人に右技術図書室から右のテクニカル・オーダーを無断で持ち出させて、これを入手していたが、同年夏頃からは、同被告人に、特定のテクニカル・オーダーをわざわざ米国から取り寄せさせた上、これを無断で持ち出させて入手し、その報酬も支払うようになり、同被告人も、その報酬を期待して、被告人Tに言われるまま頻繁にテクニカル・オーダーの無断持ち出しを続け、これを被告人Tに渡していた。一方、被告人Uは、中国関係の情報を収集、分析しては、これを新聞社等に提供することなどを業としていた者であるが、昭和五三年頃、被告人Tと知り合い、同被告人と種々軍事情報などの交換をするうち、同被告人が米空軍基地関係者にテクニカル・オーダーを無断で持ち出させて入手していることを知り、同被告人からこれを借り受けるなどしていたところ、昭和五四年頃、ソ連諜報機関の一員とみられる在日ソ連大使館二等書記官Bと知り合い、同人から「Tが米軍のテクニカル・オーダーを持っているのなら、これを入手して欲しい。」旨要請されるや、転売による利益欲しさとソ連の諜報活動に対する興味から、これに応じ、被告人Tにテクニカル・オーダーの買い入れ方を申し入れたところ、同被告人は、これらのテクニカル・オーダーが被告人Uを通じて中国に流れるのではないかと思いながら、これまた、売却による利益欲しさなどから右申し入れに応じたため、以後、被告人Uは、右B及びその後任者であるC並びに昭和五九年頃知り合ったソ連諜報機関の一員とみられる在日ソ連通商代表部員Dの注文に係るテクニカル・オーダーの買い入れ方を被告人Tに申し入れて、これを買い受け、Bら右三名にそれぞれ転売していた。また、被告人Uは、昭和五四年頃、中国貿易を主たる営業内容とするV株式会社の代表取締役をしていた被告人Vを知人に紹介され、右知人から同被告人が中国に渡航する際の手土産として何かないかと尋ねられたことから、同被告人に対し、米空軍のテクニカル・オーダーを売り込んだところ、日頃から中国との関係が深く、日中友好と中国の近代化が日本の国益に通ずるとの認識を持っていた同被告人は、右のテクニカル・オーダーを中国に渡してこれに役立てたいと思い、また、これを手土産にすれば、中国側関係者との商談に便宜を図ってもらえるかも知れないとの思いから、被告人Uの右申出に応じ、以後、年に数回、商談で中国に渡った際、中国政府関係者のEや、Fらからテクニカル・オーダーの注文を受け、同人らから受け取っていた工作資金で、帰国後、そのテクニカル・オーダーを、これが不正に米軍基地から持ち出されたものであることを知りながら、被告人Uから買い受けて入手し、そして、その後中国に渡航した際、これを右EやFらに手渡していた。

(罪となるべき事実)

第一  被告人S、同Tは、共謀の上、別紙犯罪事実一覧表(一)記載のとおり、昭和六一年四月上旬頃から昭和六二年五月八日頃までの間、前後一四回に亘り、前記在日米軍横田航空基地第六四一号館内第三一六戦術空輸大隊技術図書室において、同大隊司令官大佐A管理に係るテクニカル・オーダー(技術指示書)T・O・一E―三A―一―一等合計七〇冊を窃取し、

第二  被告人Uは、別紙犯罪事実一覧表(二)記載のとおり、昭和六一年四月八日頃から昭和六二年五月一二日頃までの間、前後九回に亘り、同都渋谷区千駄ヶ谷四丁目二四番一八号所在の株式会社中国技術センター外一箇所において、被告人S、同Tが前記第一記載のとおり他から窃取してきたテクニカル・オーダー(技術指示書)T・O・一E―三A―一―一等合計六五冊を、それが賍物であることを知りながら、被告人Tから代金合計約三四八万七、七〇〇円で買い受け、もって、賍物の故買をし、

第三  被告人Vは、昭和六二年四月二〇日頃、同都杉並区上荻一丁目一六番六号所在の第二丸三ビル二階居酒屋「話&一休」店舗内において、被告人S、同Tが前記第一記載のとおり他から窃取してきたテクニカル・オーダー(技術指示書)T・O・一E―三A―一、同T・O・一E―三A―一―一、同T・O・一E―三A―四三―一―一、同T・O・一―一C―一―三三各一冊(合計四冊)を、それが賍物であることを知りながら、被告人Uから代金一〇〇万九、五〇〇円で買い受け、もって、賍物の故買をし

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

被告人Tの弁護人は、被告人Tが本件テクニカル・オーダーを窃取したのは、これを被告人Uに渡して同被告人から中国情報を入手し、その一部を防衛庁に提供するためであり、しかも、右テクニカル・オーダーはいずれも機密指定外のものであって財物としての価値が少ないものであるから、被告人Tが防衛庁に中国情報を提供することにより我が国にもたらした国防上の利益に比較すると、本件窃盗の違法性は軽微で、可罰的違法性を欠く旨主張するが、しかし、前掲関係各証拠によれば、被告人Tらが窃取した本件テクニカル・オーダーは、それ自体刑法二三五条に所謂「財物」に当たるというべきところ、これを実質的にみても、右テクニカル・オーダーは、米空軍が現に使用する航空機や機上搭載器材等の整備、点検、補修、操作等のため必要不可欠のものであり、しかも、相応の情報価値を具有しているため、機密指定外とはいえ、公用のためにのみ使用することが許されるに過ぎず、その配付も、一部の例外を除き、米国政府機関に限られるなど取扱い注意の措置が取られているものであること等が認められるから、本件テクニカル・オーダーが窃盗罪の対象として刑法の保護に値することは明らかであるところ、加えて、本件窃取に係るテクニカル・オーダーは七〇冊にも及ぶものであり、また、同被告人の本件窃盗の主たる動機・目的も、自己の著作活動等のための資料の入手、或いは、これが売却による金銭の利得にあったことが認められるから、右弁護人主張のように、仮に被告人Tがテクニカル・オーダーの売却と引き換えに被告人Uから得た中国情報を防衛庁に対し提供していたことがあったとしても、このことから、本件窃盗の所為が可罰的違法性を欠くものと考えることは到底できないと言うべきである。右弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人S、同Tの判示第一の各所為はいずれも刑法六〇条、二三五条に該当するが、以上は、いずれも同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第一の別紙犯罪事実一覧表(一)番号7の罪の刑にそれぞれ法定の加重をし、その各刑期の範囲内で被告人Sを懲役二年に、被告人Tを懲役二年六月に処し、被告人Uの判示第二の各所為はいずれも刑法二五六条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の別紙犯罪事実一覧表(二)番号4の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により判示第二の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、同被告人を懲役二年六月及び罰金一〇〇万円に処し、被告人Vの判示第三の所為は刑法二五六条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、その所定刑期及び金額の範囲内で同被告人を懲役一年六月及び罰金二〇万円に処し、被告人らに対し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中各三〇日を、それぞれその懲役刑に算入し、被告人U、同Vにおいて、その罰金を完納することができないときは、同法一八条により、いずれも金四、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置し、被告人S、同Vに対しては、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から被告人Sに対し四年間、被告人Vに対し三年間、それぞれその懲役刑の執行を猶予し、押収してあるテクニカル・オーダー六冊は、判示第一の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者在日米空軍第三一六戦術空輸大隊司令官大佐Aに還付し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、通訳人逸見益宏に支給した分はその四分の一ずつを各被告人に負担させ、証人Mに支給した分は被告人Tに負担させることとする。

(量刑の事情)

本件は、軍事評論家として活動していた被告人Tが、現に米空軍が使用している航空機や機上搭載器材等の整備、点検、補修、操作等に関するテクニカル・オーダー(技術指示書)を、自己の著作活動等の資料とし、或いは、これを被告人Uに売却して利益を得る目的で、在日米軍横田航空基地に勤務していた被告人Sと相謀って、同基地から約一年間に亘って多量に盗み出し、そのほとんどを、これが被告人Uを通じて中国政府関係者の手に渡ることを予想しながら、同被告人に売り渡し、被告人Uは、これが賍物であることを知りながらこれを故買して、その大半を自らソ連諜報機関の一員とみられる在日ソ連大使館員らに売り渡し、或いは、その一部を、これが被告人Vを通じて中国政府関係者の手に渡ることを知りながら、同被告人に売り渡して利を図り、被告人Vも、これが賍物であることを知りながら、被告人Uからこれを故買して、中国政府関係者に渡したという事犯であるが、各犯行の対象となったテクニカル・オーダーは、いずれも機密指令こそなされてはいないものの、米空軍が現に使用している航空機や機上搭載器材等の整備、点検、補修、操作等に必要不可欠のもので、米国政府機関以外は、一部の例外を除いて、これを正式に入手することが困難なものであり、その中には高度な戦略的・技術的価値を有するものが散見されるばかりでなく、特定の機種・項目について、その一連のテクニカル・オーダーをまとめて揃えることができれば、可成り重要な情報を入手することが可能であることが認められるのであって、機密指定外のものとはいえ、相応の情報価値を具有するものであるところ、本件で窃取、故買されたテクニカル・オーダーのほとんどが米国と体制を異にするソ連及び中国の政府関係者の手に渡っていること、本件が米国の軍事上の利益等を損った可能性は否定し難く、また、我が国民一般に与えた衝撃も大きいものがあったと思料されるところ、被告人S、同Tは二〇年余、被告人U、同Vは約七年に亘り、それぞれ本件同様の行為を常習的に繰り返してきたのであり、本件はその氷山の一角に過ぎないこと等に徴すると、犯情は誠に悪質、重大と言う外はない。個別の情状をみても、被告人Sは、被告人Tから持ち掛けられたものであるとはいえ、米空軍のテクニカル・オーダーを身近に取り扱う立場を悪用し、米空軍の信頼を裏切って、自ら本件窃盗の実行行為を担当したものであって、同被告人の協力がなければ、本件各犯行は存在し得なかったという意味でも、その責任は軽視できないところ、犯行の動機も小遣銭稼ぎという金銭欲に駆られたもので、現に、本件だけでも二〇万円以上の利益を得ていること等を併せ考えると、犯情はよくなく、その刑事責任は軽くないと言うべきである。被告人Tは、本件窃盗の実行行為こそ直接担当してはいないが、本件窃盗につき終始主導的な役割を果たしたものであり、また、被告人Uとの関係においても、しばしば売り込みを図るなど、本件全体の中核的存在と言うべき立場にあり、本件犯行の動機・目的も、本来入手することが困難な資料を不法手段を弄してでも入手し、これを軍事評論家としての個人的な著作活動等に利用して有利な評価を得、或いは、これを直接売り捌いて多額の金銭的利益を得ようと企図したものであって、現にその利益も、本件で現実に受領したものだけでも約三〇〇万円に及んでいること、そして、テクニカル・オーダーを被告人Uに売り捌くに当たっては、これが少なくとも中国政府関係者の手に渡ることを予想していたこと、当公判廷においては、一応、本件につき反省している旨供述するものの、他面、種々不合理な弁解を弄して自己の行為を正当化しようと試みるなど真摯に反省しているかどうか疑わしいこと等を併せ考えると、犯情は誠によくなく、その刑事責任は重大である。被告人Uは、諜報活動に対する好奇心や金欲しさから、ソ連諜報機関の一員とみられる在日ソ連大使館員らと接触し、これから注文を受けては、多量のテクニカル・オーダーを被告人Tから故買し、これを何の躊躇もなく、右大使館員らに売り捌く一方、被告人Vに対しても、自らこれを積極的に売り込んで、中国政府関係者に手渡すことを勧めたものであり、その利益は本件だけでも約三〇〇万円に達していること、更に、同被告人が被告人Tに所要のテクニカル・オーダーを多量に注文したことにより本件窃盗の被害を拡大させたという面があること等に徴すると、被告人Uは、本件賍物故買事犯の中心人物であるのみならず、被告人Tと並んで、これまた、本件全体の中核的存在と言える立場にあると言うべきところ、当公判廷においても、なお、本件テクニカル・オーダーをソ連及び中国政府関係者の手に渡した(後者は被告人Vを介して)ことについて、別に後めたさを感じない旨公言するなど反省の情に乏しく、犯情は誠によくなく、その刑事責任は重大である。被告人Vの本件賍物故買事犯は一回のそれであり、動機も直接的には金銭の利得を目的としたものであったと認めることはできないが、テクニカル・オーダーを中国政府関係者に手渡すことにより、自社の対中国貿易の拡大等の経済的利益を期待していたことは否定し難い上、当初から中国政府関係者に手渡すつもりで故買に及び、かつ、同人らから受け取っていたテクニカル・オーダー購入等資金のうち約二四〇万円を自己の個人的用途に流用していること等を考えると、犯情は必ずしもよくなく、その刑事責任は軽くないと言うべきである。しかしながら、他面、本件テクニカル・オーダーは、いずれも機密指定外のもので、そのほとんどが個体では限定的な情報価値しか有しないものであること、在日米軍横田航空基地におけるテクニカル・オーダーの管理体制にも杜撰な点があり、これが被告人らの犯行を誘発し、被害を拡大させる一因ともなったことも否定し難いこと、被告人Sは、本件窃盗の実行正犯ではあるが、そのほとんどは被告人Tの指示に従ってなしたものであり、従属的立場にあったこと、しかも、犯行当時、本件窃取に係るテクニカル・オーダーがソ連や中国の政府関係者の手に渡ることまで認識していたとは認め難いこと、本件窃盗による利得も被告人Tらと比較すると格段少額であること、現在本件につき深く反省悔悟していること、本件により既に勤務先の米空軍を解雇され、一応社会的制裁を受けていること、これまで前科もなく、年齢も六六歳に達していること、被告人Tにおいては、長年に亘り、軍事評論家として、一般国民の啓蒙等社会に或る程度貢献してきた面があることも否定し難いこと、これまで前科前歴もなく、年齢も六〇歳に達しており、病弱でもあること、被告人Uにおいては、本件により勤務先の会社を辞職していること、ここ三十数年間は前科前歴もなく、今回の事件を除けば、比較的真面目に社会生活を送ってきたこと、年齢も六三歳に達していること、被告人Vは、被告人S、同Tが窃取し、被告人Uの手に渡った本件テクニカル・オーダー六五冊のうち僅か四冊を同被告人から故買したものであること、本件に関わる以前から、長年に亘り日中友好元軍人の会の幹事として日中両国の友好関係に対して貢献してきており、本件犯行の動機・目的の中には、日中両国の友好と中国の近代化に貢献したいという気持があったことが認められ、個人的利益のみを企図したとは言い難いこと、本件に対する社会的責任をとるため、長年に亘り経営してきた会社を自ら解散するなど真摯に反省の態度を示していること、これまで前科前歴はなく、年齢も六一歳に達していること等、被告人らそれぞれに酌むべき事情もあるので、これらを総合勘案し、被告人四名に対し、主文の刑を各量定し、なお、被告人S、同Vに対しては、特に今回に限りその懲役刑の執行を猶予し、自力更生の機会を与えることとした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生島三則 裁判官 稗田雅洋 裁判官北秀昭は退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 生島三則)

<以下省略>

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